40代になって、若いころと同じやり方では暮らしが回らなくなってきた。
そんなふうに感じることはありませんか。
「若いころのように無理がきかない」
「やったほうがいいとわかっていても、できない」
「物やTODOが多すぎて疲れている」
「予定があるだけで、しんどく感じる」
そんな日が増えてくると、「このままじゃいけない」「どうにかして暮らしを整えないと」と思うことがあります。
そして、身体によさそうな習慣を生活に取り入れようと意気込むこともあります。
どれも素晴らしい習慣です。
できることなら、取り入れたほうがいい習慣ばかりだと思います。
とはいえ、いきなり何もかも取り入れて生活を大きく変えようとすると、それだけで疲れてしまいます。
あれもこれも始めようとして、結局どれも続かない。
わたし自身、そんなことを何度も繰り返してきました。
40代から暮らしを整えたいのであれば、無理をしすぎないことも大切です。
まずは、自分にできそうな小さな習慣を3つだけ取り入れてみる。
それに慣れてきたら、また次の小さな習慣を足していく。
そのくらいのペースでも、暮らしは少しずつ整っていくのではないかと思います。
今回の記事では、わたしが朝に取り入れている3つの小さな習慣について書いてみます。どれも、今日からできる小さなことです。
どんな習慣から始めたらいいかわからない人の参考になれば幸いです。
40代の暮らしを整える「3つの朝習慣」
わたしが今、朝に行うようにしている習慣は次の3つです。
- 朝一番にスマホで音楽をかける
- スケジュール帳を開く
- 水を飲む
どれも、それぞれを実行するのに3分もかかりません。
どれも本当にささいな行動ですが、この3つの習慣のおかげで、わたしは朝の流れが少し整うようになりました。
この習慣を取り入れることで得られるメリットについてまとめてみます。
朝一番にスマホで音楽をかける
以前は、朝起きるとついスマホを見てしまうことがありました。
天気を見ようと思って開いたのに、気づけばニュースを見ている。
少しだけのつもりでSNSや検索を始めて、あっという間に時間が過ぎている。
あとから振り返ると、「何を見ていたんだろう」と思うような時間です。
そこで、朝一番、タイマーを止めるついでに、スマホで音楽をかけるようにしました。
「スマホを開くことを禁じる」のではなく、「音楽を流す道具として使う」。
それだけで、朝の時間の使い方がかなり変わりました。
もし、この行動を取り入れたいという方がいれば、ぜひ取り入れてほしいと思いますが、この習慣が定着するまでは、音楽をかける前に夜中に届いていたメールなどに引っ張られてしまう日もあると思います。
これについては、むしろ流されてOKです。
そして、つい朝からスマホを見てしまったという日は、見なかった日と朝の時間の流れ方を比較してみてください。見ない日はさまざまなことに使えていた1時間がスマホのために消えていることに気づくと思います。
このとき「この1時間を別のことに使えたかもしれない」と気づけると、朝のスマホとの付き合い方も変わってくるかもしれません。

スケジュール帳を開く
朝にスケジュール帳を開くことも、続けている習慣のひとつです。
といっても、毎朝きっちり予定を書き込むためではありません。何も書かなくていいし、白紙のことも多々あります。それでも、スケジュール帳を開きます。
これらのことを確認するためです。
毎日をなんとなく過ごしていると、時間はあっという間に流れていきます。40代を過ぎると、時間の流れはますます早くなっていきます。
「え?もう月末?」
「もう一年の半分が終わったの?」
「今年、何をしていたんだろう」
こんなことにならないために、朝に一度スケジュール帳を開く。そして、自分がいま、どこにいるのか毎日認識する。手帳がなければ、カレンダーをチェックするのでもいいと思います。
スケジュール帳を開くのは、予定やタスクを完璧に管理するためではありません。
今日という日を「自分の人生の1日」として意識するためにできる小さな習慣です。
水を飲む
以前は、「朝に白湯を飲むこと」を習慣化の目標にしましたが、その準備が面倒くさくなってやめてしまいました。
「白湯を飲む」という習慣はよいものだと頭でわかっていても、自分にとって手間が多いと続きません。
そこで今は、「水を飲む」に変えました。
浄水器をつけているので、水道水をそのまま飲むだけですみます。
白湯が続く人は白湯でいい。
水のほうが続く人は水でいい。
40代におすすめしたいのは、「無理しないと続けられない理想の習慣を頑張って身につけること」ではなく、「これなら続けられるという習慣を見つけること」。
わたしが取り入れている3つの習慣以外にも「始めやすい習慣」はいくつもあると思います。ぜひ、「これなら無理せず続けられそう」というものがないか探してみてください。
40代の習慣化は「がんばらない」が成功のコツ
「がんばる」という言葉は好きです。一時的、集中的に力を使うときには、40歳を超えた今でも「がんばる」ことはもちろんあります。
ただ、毎日の習慣を考えるのであれば「がんばりすぎない」。これが継続のためには、何より大切なポイントだと痛感しています。
毎日毎日、気合いやがんばりで続けようとすると、かならずどこかで無理がきます。
「自分のためになる行動」を「毎日、無理なく続けられる習慣」にするためには「がんばる」ではなく、「がんばらなくてもできる形」にしておくことが大切なのだと思います。
完璧を目指さない
新しい習慣を身につけようとすると、つい完璧を目指したくなります。
「やることリスト」に載せて、できた日はスケジュール帳やカレンダーに目立つように印をつけていく。
印をつけられない日は失敗した日。
気持ちはわかりますが、毎日を完璧に整えるのは難しいです。
体調が悪い日もあります。
予定がずれる日もあります。
気分が乗らない日もあります。
毎朝3つの習慣を全部できたらうれしいけれど、ひとつだけでもできたら十分です。
それに、できない日があっても、べつにそれは失敗でも何でもありません。
習慣は義務でもタスクでもないからです。
まずは、「月の半分でもできたら十分」くらいで考えておくと、ラクな気持ちで取り組めます。
すでにある行動に「ついで」に組み込む
新しい習慣を増やすときは、すでにある行動の「ついで」に行えるように組むと続けやすくなります。
新しいことを単独で始めようとすると、いつどのタイミングでしようか迷いますし、忘れやすくもなります。
でも、すでに毎日やっていることの「ついで」にすると、流れの中に入れやすくなります。
など、「これくらいならできる」と思えるくらい小さくしたほうが、日々の暮らしの中に「いつもの行動」として定着しやすくなります。
習慣を変えることで得られる40代からの好循環
これらの小さな習慣を続けるだけで、人生が劇的に整ったり、変わったりするわけではありません。
けれど、「この小さな習慣を続ける」という行為は、わたしたちの「意識」という日々の暮らしの土台を確実に変えてくれます。
「明日は大切な予定があるから早く寝よう」
「今日は人に会うから、この服を着ていこう」
というように、意識が変われば、暮らしは変わります。
時間のゆとりが生まれる
たとえば、「朝、スマホを見ない」を習慣化することができると、そのぶんだけ自由に使える時間が増えます。
それが10分でも、その10分でできることはあります。
40代に足りないもののひとつは、時間のゆとり、つまり、余白です。
「朝のスマホ習慣」だけではなく、「自分にとって無駄になっているな」と思う時間があるのであれば、その時間を余白に変えられるような習慣を考えてみるのもよいかもしれません。
余白が少しできたら、学び直しや片づけなど、小さく始められることに使ってみるのもよいと思います。
無駄買いが減り、節約にもつながる
日々の暮らしが少しずつでも習慣化されてくると、無駄な買い物も減りやすくなります。
自分にとって「有益なもの」「無益なもの」が何となくわかってくるからです。
たとえば、毎日スケジュール帳を開く習慣を身につけると、
などが意識しなくても何となく管理できるようになってきます。
ついでに、自分の頭の中と冷蔵庫や収納の中が一致しているかをチェックすれば、同じものを何個も買うことも、「まだあったのに買ってしまった」ということも少なくなります。
自分にとってよいと思える「小さな習慣」が身についてくると、生活の中の無駄に気づきやすくなる。
それは、40代からの心と暮らしを軽くするにあたって「決して小さくない支え」になります。
まとめ|40代の再スタートは、小さな習慣の積み重ねから
人生を変えたいのであれば、習慣化したほうがいいことは、たくさんあります。
たしかに、これだけのことを習慣化できれば、人生だって変わらざるを得ないと思います。けれど、40代が人生を一気に変えようとすると、習慣化するどころか始める前に疲れてしまいます。
だからこそ、まずは自分にできそうな範囲内で3つに絞った小さな習慣から始めてみる。
わたしの場合は、次の3つの朝習慣でした。
- 朝一番にスマホで音楽をかける
- スケジュール帳を開く
- 水を飲む
どれも小さなことです。
特別な道具も、強い意志も必要ありません。
でも、これらのことが習慣化されてくると、朝の流れが少し整います。
朝が少し整うと、一日の始まり方も少し変わります。
まずは、今日の自分ができそうなことを3つだけ。それが習慣化したら、そこからまた、暮らしを整えていく。
40代からでも、そんなふうに成長していくことは可能だとわたしは信じています。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。





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