先日、『エッセンシャル思考』を読みました。
本書で繰り返し語られる、
という考え方は納得できるもので、それができたらどれほどいいだろうと共感できる思考法でもありました。
ですが読み進めるうちに、この考え方の前提である「本当に大切なもの」「価値のあるもの」とは何なのかが、分からなくなってしまいました。
大切なものに集中するには、まず自分にとって何が正しいのか、何が大切なのかを見極めなければなりません。
最終的には、本書をもう一度最初から読み返すことで、自分がなぜ混乱していたのかに気づくことができたのですが、今回は、『エッセンシャル思考』を読んでいくうちに、わたしがどこでつまずき、どのように考え直したことで理解できるようになったのか、その過程をまとめてみようと思います。
わたしと同じように、本書を読んでも「正しいもの」「本当に重要なもの」「価値あるもの」が何を指すのか分からなかった、考え方が抽象的でうまくつかめなかったという方に、少しでも納得できる部分が見つかればうれしく思います。
※本記事は『エッセンシャル思考』を読んだ個人の感想・解釈です。本書の内容を厳密に解説するものではありません。
エッセンシャル思考の考え方への疑問
エッセンシャル思考とは、まさに「より少なく、しかしより良く」を追求する生き方だ。
書籍『エッセンシャル思考』P.21
本書に書いてあるとおり、エッセンシャル思考は全部を手に入れようとするのではなく、限られた時間とエネルギーを、より重要なことに集中させようという考え方です。
全部に手を出すのではなく、努力する方向を絞る
本書を読んで、まず素直に「よい考え方だな」と思いました。
「人生、これだけやって生きていきたい」
「これだけに集中できれば、きっと楽しい人生だろう」
そんなふうに思うものが、ひとつやふたつはあるという人も少なくないでしょう。
ところが初めは感心していたその考え方が、読み進めているうちに、だんだん分からなくなってきました。
「では、自分にとって本当に重要なこととは何だろう?」
たしかに、わたしにも、これだけをして生きていけたらいいなと思うものはあります。
読書です。
朝、日の出とともに目覚め、本を読み、日の入りとともに本を閉じる。ただひたすら本だけを読んで生きていけたら、どんなに素晴らしい人生だろうと思います。
世界には数多くの本があります。これから残りの人生をすべてかけても、そのうちの1%も読めないでしょう。ですが、わたしにとっては、それ以上に充実した人生は想像すらできません。
しかし、現実にはそんなことはできません。
生活費を稼がなければ、生きていけないからです。
そう考えると、
「自分にとって重要なこと」「大切なこと」にだけ的を絞る生き方は、本当に正しいのだろうか。
そんな疑問が出てきました。
さらに、本書で紹介されているリーダーシップ論の権威ジョン・C・マクスウェル氏の、
「ほとんどあらゆるものは、徹底的に無価値である」
という言葉が、わたしをさらに悩ませました。

ほとんどのものが無価値な世の中で、わたしのような一般人に価値のあるものを見つけられるわけがない……
悶々と悩みながら最後まで読み終えたあと、もう一度1ページ目から読み返してみました。
そこでようやく、自分が本書の解釈を少し広げすぎていたらしいことに気がつきました。
そもそも『エッセンシャル思考』は「仕事のやり方」を変えるための考え方
あらためて本書を冒頭から読み返してみると、本文のまさに一行目に、
エッセンシャル思考は、より多くの仕事をこなすためのものではなく、やり方を変えるためのものである。
書籍『エッセンシャル思考』P.14
としっかり書かれていました。
たしかに読んだはずなのに、読み進めるうちに、その前提をすっかり置き忘れていたようです。
その理由は、本書の途中に、
「仕事より子どもとの時間を優先する」
といったエピソードや、
「正しい行動を習慣化し、無意識でもできるようにする」
といった、仕事だけには収まらない話が登場したからです。
そのため、わたしはいつの間にか、
「本書の内容は、仕事だけではなく、人生全体で何を大切にするかを教えるもの」
と、無意識に自分の中で解釈を広げてしまっていたのです。
もちろん、エッセンシャル思考を生活全般に応用することはできると思います。
ただ、わたしはこの考え方に触れるのは初めてで、まだ本書の考え方をまともに理解できていない状態だったにもかかわらず、より広い範囲で考えようとしてしまったために、こんがらがってしまったのだと思います。
本書のメインテーマは、
「自分の限られた時間と能力を、どの仕事に集中させれば最大の成果をあげられるのか」
ということ。
一方、わたしが考えていたのは、
「わたしの人生において、限られた時間と能力を何に集中させれば、より満足できる人生になるのか」
ということでした。
似ているようですが、このふたつは同じではありません。
仕事における成果は、売上や収入、目標の達成、誰かへの貢献など、ある程度具体的、客観的に考えることができます。
一方、人生における成果は、「どんな人生なら自分は満足できるのか」という、より主観的なものになります。
つまり、ふたつの問いでは、目指しているゴールそのものが違うのです。
本書における「本当に大切なもの」「重要なもの」が分からないという場合、ひとまず、この違いを意識してみてください。
「仕事における本質」の見つけ方
「正しいこと」とは何なのか
本書では、最高の成果を得るためには、
「正しいことを、正しいときに、正しい方法で」
行う必要があるとされています。
わたしには、この「正しい」という言葉も抽象的で、何をもって「正しい」とするのか、いまひとつ理解できませんでした。
そこで原文を確認してみると、
「right thing, in the right way, at the right time」
という表現になっていました。
「right」には「正しい」という意味もありますが、
「適切なことを、適切なやり方で、適切なタイミングで」
と考えたほうが、わたしには分かりやすく感じました。
このニュアンスだと、「正しい」「正しくない」という抽象的概念について考える必要がなくなり、目的に対して適切な行動であればよいということになります。
仕事で最大の成果を出したいのであれば、目的に対して適切な仕事を選び、適切な方法とタイミングで取り組む。
そう考えると、かなり腑に落ちました。
さて、「正しいこと」を「適切なこと」と読み直すことで、目指すべき「本当に大切なこと」の輪郭が少し具体的になってきました。
これをさらに分かりやすくするためには、本書に示されている3つの問いを重ねて考えてみるのが有益です。
「大好き・得意・社会のニーズ」
最大の成果を得るための「適切なこと」とは何なのか。
本書では、「本当に大切なこと/重要なこと/価値のあること」を選ぶための判断材料として、次の3つの問いが示されています。
「自分は何が大好きか?」
「自分は何がいちばん得意か?」
「世の中の大きなニーズに貢献できるのは何か?」書籍『エッセンシャル思考』P.42
この3つの問いを見ていくと、「検索結果は絞られてくるはず」と著者は言います。
それをするのが好きで、得意で、しかも誰かが必要としている。
まとめると、
自分が好きで、得意で、社会のニーズもあることに、適切な方法かつ適切なタイミングで能力を集中させることができたとき、大きな成果につながる可能性が高い
ということになるのでしょう。
ここまで整理すると、「正しいこととは、何なのか」という最初の疑問も、かなり分かりやすくなります。ですが、そうなると新たな疑問が生じます。
それは、好きで、得意で、社会から求められていることが、自分にとって「本当に大切なもの」なのだろうか、という疑問です。
この考え方を突き詰めると、自分が好きで続けたいことでも、世の中から求められなければ、本質ではないことになります。
悩みに悩んだ結果、この疑問への答えは「仕事における本質」と「人生における本質」を分けて考えることで見つかりました。
「仕事における本質」と「人生における本質」は分けて考える
本書を読む中で、わたしは自分が「仕事における本質」と「人生における本質」を混同してしまっていることに気づきました。
このふたつの概念について、常に完全に分けて考える必要があるとは思いません。
ただ、少なくとも『エッセンシャル思考』を理解するうえでは、いったん分けて考えたほうが整理しやすいと感じました。
仕事における本質
仕事における本質を見つけたい場合、
「自分は何が好きか」
「何が得意か」
「それを必要としている人がいるか」
を考えます。
そして、それが重なるところに時間と能力を集中させる。これが、『エッセンシャル思考』でいう「最大の成果」につながる考え方なのだと思います。
「自分の中の価値」だけに頼る必要がないので、もし自分の「好き」や「得意」から仕事が思いつかない場合は、先に社会で求められている仕事を調べてみて、その中に自分の好きなことや得意なことがないか探してみるという方法を取ることもできます。
社会のニーズと、自分の強みが重なる場所を探す。
それこそが、仕事における「本質」を見つけるひとつの手がかりになるのではないかと思います。
\そもそも「自分の好きなことが分からない」という方は、こちらも参考にしてみてください。/
人生における本質
一方、「人生における本質」となるものを見つけるためには、必ずしも「世の中のニーズ」を条件にしなくてもいいと、わたしは思います。
それらが社会に大きな成果をもたらさなかったとしても、
「このことに人生の時間を使えてよかった」
と思えるなら、十分に価値があります。
もちろん、「人生で大切にしたいこと」と「社会から求められること」が重なるなら理想的です。けれど、いつでもうまく重なるとは限りません。
それゆえに、「人生における本質」のほうは、「仕事における本質」とは違って、それだけで生活を成り立たせることは考えなくてもよいと思うのです。
『エッセンシャル思考』でいう「本質」は、仕事をするうえで最大の成果につながるもの。
一方、人生における本質は、「このことに時間を使ってきてよかった」と自分自身が思えるもの。

このふたつを分けて考えることで、わたしはようやく『エッセンシャル思考』の考え方が整理できた気がします。
誰にとって「価値」があるか
「人生における本質」となり得るものを見つけるときの考え方についても、本書からひとつ気づきを得たので、ここで書いておこうと思います。
本書には、『7つの習慣』で知られるスティーブン・R・コヴィー氏が、友人でもある仕事仲間より、娘さんとの時間を優先したという趣旨のエピソードが登場します。
このエピソードは、コヴィー氏にとって、娘さんと過ごす時間に大きな価値があったことを示しています。家族を大切にしていたことが伝わる話で、「素敵なお父さんだったのだな」と、読んでいてほっこりしました。
では、コヴィー氏が大切にしていた「コヴィー氏の娘さんと過ごす時間」が、わたしにとっても同じように価値のあるものかというと、もちろんそんなことはありません。
おそらく娘さんのほうも、見知らぬわたしとの食事より、大切にしたい時間は山ほどあるでしょう。
つまり、
何に価値があるかは、かなり主観的で個人的なものでよい
ということです。
「価値のあることを選ぼう」と言われると、つい、「社会的にも価値があるものを選ばなくてはいけない」と考えてしまう人も少なくないでしょう。
けれど、「仕事における本質」ではなく、「人生における本質」、つまり自分の人生にとって大切なものを決めるときまで、他者からの評価を基準にする必要はないのだと、本書を読んでわたしは思いました。

「人生の行動」を4つに分けて考える
ここまで考えて、わたしは「人生の行動」を4種類に分けて考えてみることにしました。
「人生における本質」となる行動
「これに時間を使ってきてよかった」と、数年後に振り返ったときにも思えそうなことで、自分が望む人生そのものにつながる行動です。
わたしなら、読書がここに入ります。
誰かの役に立つかどうかや、お金になるかどうかは必須条件ではありません。
自分自身が、その時間の使い方に納得できるかどうかを重視します。
「人生における本質」を支える行動
これは、睡眠、食事、家事、健康管理、生活費を得るための仕事など、おもに生きるために必要な行動を指します。
これらの行為は、必ずしも「人生で一番やりたいこと」ではありません。けれど、これらを無視すれば、「人生における本質」となる行動を続けることも難しくなります。
たとえば、海外を旅するのが好きでも、旅費や生活費を稼がなければ暮らしていけません。
文章を書くことを大切にしたくても、睡眠を削り続けて体調を崩してしまえば、書き続けることそのものが難しくなります。
やりたいことではなかったとしても、自分が望む人生を維持するために必要な行動があります。
「人生の本質」に時間を使い続けるためにも、それを支える行動の時間はきちんと確保しておく必要があると思います。
\時間を増やすには、新しいことを始めるだけでなく「やめること」を決めるのもひとつの方法です。/
「人生における本質」と社会をつなぐ行動
これは、「仕事における本質」と重なる部分です。
わたしが『エッセンシャル思考』を読んで混乱していたのも、ここを「人生における本質」と同じものとして考えていたからでした。

「本質的なことだけに集中する」のが『エッセンシャル思考』なのだと思い込み、「仕事における本質」と、「人生における本質」をごちゃまぜにしていたために、よく分からなくなっていたのだろうと、今なら分かります。
「人生における本質」と社会をつなぐ行動、すなわち「仕事における本質」につながる行動は、自分の好きなことや得意なことが、誰かのニーズと重なるものです。
たとえば、
こうした行動は、自分にとって好きなことや得意なことと、社会から求められることが重なっている状態です。
「人生における本質」と「仕事における本質」がぴったり重なれば理想的です。
得意かつ好きなことをしているだけで、社会の役にも立てて、生活のためのお金も手に入れることができる。おそらく誰しもが夢見る理想の人生が、まさにこの状態でしょう。
もちろん、そううまくはいかない場合も多々あります。
でも、「仕事における本質」に集中して成果を得られれば、生活や時間に余裕が生まれ、「人生における本質」にも、より時間を使えるようになるかもしれません。
ノイズとなる行動
「ノイズとなる行動」というと、つい「無駄な時間」のことだと思いがちです。
けれど、『エッセンシャル思考』におけるノイズは、もっと広い意味を持っているようです。
「努力した分だけ報われる」というのは、ただの幻想だ。
書籍『エッセンシャル思考』P.61
著者はこのように述べ、「本質」ではないことに時間やエネルギーを分散させることに警鐘を鳴らしています。
つまり、本書におけるノイズとは、単なる「無駄な行動」ではなく、自分が最大の成果を得るための本質から外れるものすべてと考えると分かりやすいのかもしれません。
すなわち、何がノイズなのかを判断するためには、先に「自分にとっての本質は何か」が分かっていることが必要になる、ということになります。
自分にとっての「本質」となるものが分かっていないと、たとえば、
勉強する
人から頼まれた仕事を引き受ける
新しい資格を取る
など、それ自体には価値があるように見える行動についても、本質につながる行動なのか、ノイズとして除外すべき行動なのかを判断することができません。
ノイズとなる行動を見極めるには、
- 「大好き・得意・社会のニーズ」という3つの問いを手がかりに候補を絞る。
- 試しながら、自分が力を集中させる場所を探していく。
- 「ここに力を注ぎたい」と思えるものが見つかったなら、それ以外のものにむやみに手を広げず、そこへ時間とエネルギーを集中させる。
そうやって、まずは「本質」となり得る可能性のあるものを選び出すことが肝心です。
\何かを選ぶときの「トレードオフ」については、こちらの記事でも詳しく考えています。/
まとめ|「仕事」と「人生」を分けて考えることで疑問は解消できた
『エッセンシャル思考』を読んで、考え悩む部分はたくさんありました。これだけいろいろなことを考えさせてくれるところも、名著と言われる理由のひとつなのかもしれません。
ただ、わたしの場合は、本書の解釈を自分の中で広げすぎていたことが、分かりにくさの大きな原因でした。
「仕事における本質」と「人生における本質」を分けて考える。
それだけで、本書の内容がずっと理解しやすくなりました。
少なくとも本書の中心にあるのは、「仕事のやり方を変える」という考え方です。
途中に家族との時間や日常の習慣についての話が登場したため、わたしはいつの間にか、人生全体の正解まで本書に求めていました。
そんな疑問も、「仕事」と「人生」を分けて考えることで、少しは整理できたような気がします。
仕事における本質は、自分が大好きで、得意なことのうち、社会のニーズにも応えられるものです。本書が主に扱っているのは、こちらの「仕事における本質」だと、わたしは理解しました。そこに集中することで、最大の成果につながる可能性があります。
大好きで得意という自分の内面から見つけ出すのが難しければ、社会のニーズを先に調べてみる、という方法で探してみることもできます。
人生における本質は、自分が望む生き方と整合するものです。自分にとって重要かどうかということが肝心で、社会の役に立つかどうかは、ひとまず横に置いておいてもいいと考えます。
他者からの評価ではなく、自分が何に時間を使いたいのかを考えることで見つけていくもの、というのが、わたしの認識です。
そして、もしも、そのふたつが重なる「価値あるもの」を見つけられたなら、そこには思い切って全力を注ぐ。
以上が、わたしの『エッセンシャル思考』に対する解釈です。
本書を読んで、わたしと同じような疑問にぶつかった人もいるかもしれませんし、そんな人はいないかもしれません。
もしも、わたしと同じところで立ち止まってしまった人がいたならば。
その人に、この記事が届けばうれしく思います。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
\ひと言で言うと「読んでよかった」^^/






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