40代になってから、「なんだか疲れが取れにくい」「家事や持ち物が重く感じる」と感じることはありませんか。
やらなければならないことはたくさんある。
でも、たくさんありすぎて、どれから手をつければいいのかわからなくなる。
結局、何もできないまま1日が終わってしまう。
40歳を過ぎたころから、わたし自身、そういう日が何度もありました。
このままではずっとしんどいままかもしれない。
そう思い、まずは物理的な荷物を軽くしたくて、断捨離を始めてみました。
すると、物を減らしていく中で、気づいたことがありました。
それは、「もしかしたら物理的なものだけではなく、考えごとや、無意識に続けている習慣なども持ちすぎているのかもしれない」ということでした。
今回は、わたしが実際にやめて心がふわっと軽くなったと感じている、40代からの「小さな手放し」についてまとめてみようと思います。
「やることが多すぎてイヤになる」「どうにかしてもっと身軽になりたい」と悩んでいる人の参考になればうれしく思います。
40代からは「足す」より「軽くする」ことも大切
暮らしをよくしたいと思うと、つい、今の暮らしに何かを足したくなります。
もちろん、それで暮らしがラクになる場合もあります。
でも、今の生活がすでにいっぱいになっているときに、何かを足してしまうと、かえって管理するものや考えることが増えてしまうこともあります。
自分自身にゆとりがないと感じるときは、このような「足し算」ではなく、「引き算」を考えてみるのもよいのかもしれません。
毎日の暮らしの中で、深く考えずに続けている小さな習慣をひとつ「引き算」するだけでも、時間や気持ちに余白が生まれることがあります。
家事と持ち物に関する、やめてよかった小さな習慣
まず見直したのは、家事や持ち物にまつわる習慣です。
家事そのものをなくすことはできませんが、やり方や持ち物を少し変えるだけで、管理する手間は減らせます。
「まとめ買い」と「ストックの管理」をやめた
以前は、特売品を見つけると「どうせ使うから」と思い、ストック分まで買うことがよくありました。
実家の母がまとめ買いをするタイプだったこともあり、わたしにとっても、安いときにまとめて買っておくのは自然なことでした。
けれど、ストックが増えると、管理する手間も増えます。
- どこに置いたかを覚えておく
- まだ残っているか確認する
- 収納場所を確保する
- 古いものから使うように気をつける
ひとつひとつは小さな手間ですが、積み重なると意外と面倒に感じます。
そこで最近は、日用品や食品は必要以上に買い込まず、基本的には「なくなったら買う」形に変えました。
もちろん、災害時の備えや、必ず使うものの最低限のストックは別です。
ただ、「安いから」「いつか使うから」という理由だけで増やしすぎないようにしています。
買い置きがある安心感より、今のわたしには、管理するものが少ないラクさのほうが合っているようです。
「専用洗剤」をたくさん持つのをやめた
以前は、家の中で使う洗剤を用途ごとに分けていました。
トイレ用。お風呂用。フローリング用。キッチン用。
「そう書いてあるから、その場所にはそれを使わないといけない」と思い込んでいました。
でも、洗剤の種類が増えると、そのぶん買い足す手間も、収納する場所も必要になります。
そこで、家の中で使う洗剤の種類をできるだけ減らすことにしました。
以前は、トイレ用、お風呂用、フローリング用、キッチン用と場所ごとに分けていましたが、今は基本的に「猫が入らない場所」と「猫が触れる可能性がある場所」で分けるようにしています。
たとえば、お風呂やトイレなど、しっかり汚れを落としたい、かつ、猫が直接触れにくい場所にはウタマロクリーナーを使い、猫が過ごすリビングや床まわりには、界面活性剤不使用のアルカリ電解水クリーナーを使うようにしています。
洗剤の種類が減ると、「あれ、どこの洗剤が切れていたんだっけ?」と迷うことが少なくなります。収納もシンプルになりますし、買い物のときに選ぶ手間も減りました。
専用洗剤が必要な場所まで無理に減らす必要はありません。
ただ、「ここはこの洗剤でないといけない」という思い込みで何となく分けているのであれば、暮らし方に合わせて見直してみるだけでも、家事の負担は少し軽くなると感じています。

「いつか着る高価な服」のキープをやめた
体型や好みが変わったのに、「高かったから」という理由で残していた服やかばんがありました。
でも、実際にはほとんど着ることはありませんでしたので、しっくりこないものはメルカリなどを利用して手放すことにしました。
もう使わないにも関わらず手入れが必要だった靴やかばんを手放したことで、何だかほっとしたのを覚えています。
今は、値段やブランドよりも、「ラクに着られるか」「今の自分の好みに合っているか」を大切にしています。
昔のお気に入りを否定する必要はありません。
着なくてもそれを見るだけで幸せな気持ちになるものだってあると思います。
ただ、「今、自分の手元にあることに違和感があるもの」まで持ち続けなくてもいいのではないかな、とは思います。
服や持ち物を手放した話は、こちらの記事でも少し書いています。
「細々とした買い物」をやめた
以前は、100円ショップやコンビニを見かけると、なんとなく立ち寄って買い物をしてしまうことがありました。
特に大きな買い物をしているつもりはありません。
便利そうな新商品や持ってくるのを忘れた文房具、飲み物やお菓子などなど。
でも、こういう買い物が続くと、気づかないうちに物も出費も増えていきます。家に持ち帰ったものをしまう場所を考えたり、使いきれないまま残ってしまったりすることもありました。
そこで今は、買い物をする日をある程度決めるようにしています。
必要なものに気づいたら、その都度、冷蔵庫に貼ったメモ用紙に書き込んでいく。
そして、買い物の日にまとめて確認する。
この形に変えてから、必要なもの以外を買うことが圧倒的に減りました。
また、メモを書いてから実際に買うまでに少し時間が空くことになるので、「これは本当に必要かな」と考える余裕もできます。その場では必要だと思っても、よくよく考えてみると「代用できるものがあるのでは」「なくても大丈夫かもしれない」などと思えるものも出てきます。
細かな買い物を減らすメリットは、節約につながることだけではありません。
家の中に入ってくる物を減らし、管理する手間を減らすことにもつながるのだと感じています。
「捨てる」にこだわるのをやめた
断捨離を始めてからしばらくして、少しの物があるだけでも散らかっているように感じてしまう状態におちいりました。
以前より物は減っているはずなのに、なぜか気になる。
「あれもいらないかも」「これも捨てたほうがいいかも」と、次々に手放したくなる。
暮らしを軽くしたくて始めたはずなのに、気づけば「捨てなければ」という気持ちに少し追われていたのかもしれません。
そんなとき、捨てようか迷ったものを、ためしに猫に見せてみました。猫はどんなものを見せても、上に乗ったり、手で押しやったり、ほんの短い間ですが興味を示してくれました。
その様子を見ていると、「まあ猫が使うなら、もう少し置いておこうかな」という気持ちになり、次第に「何もかも捨てたい」という焦りのような感情は落ち着いていきました。
断捨離は、暮らしを整えるうえでとても役立つものだと思います。
ただ、捨てることにこだわりすぎると、最初に自分が望んでいた暮らしとは違う方向へ進んでしまうこともあります。
断捨離の最終目的は物を減らすことではなく、自分と猫が心地よく暮らせること。そう思うようになってから「捨てる」「残す」の判断も、落ち着いて考えることができるようになりました。

美容と健康に関する、やめてよかった小さな習慣
次に見直したのは、美容や健康にまつわる習慣です。
若いころは当たり前にできていたことでも、40代になると、同じやり方が少し面倒に感じることがあります。
以前の習慣をそのまま続けるより、今の自分の体や肌に合う形へ変えていくことも、暮らしを軽くするためには大切なのだと思います。
フルメイクと「隠すスキンケア」をやめた
病院勤務をしていたころは、職場の指定が厳しいこともあり、毎日フルメイクをがんばっていました。
健康に見えること。疲れを見せないこと。表情が明るく見えること。
口紅の色味にも指定があり、それに従わないとやり直しになることもあったため、メイクにもスキンケアにも、それなりに時間をかけていました。
でも40代に入ってからは、隠そうとすればするほど、なぜか厚塗り感が出てしまうように感じることが増えました。
ずいぶん前に病院は退職して転職していましたが、そのころのクセが抜けず、ずっと「肌の気になるところを隠すためのスキンケア」や、「しっかりしたメイク」を続けていました。
それを、少しずつやめてみることにしました。
今は、スキンケアもメイクもできるだけシンプルにしています。
手順が減ると、朝の準備にかかる時間も短くなります。
使うものが少ないので、洗面所まわりも散らかりにくくなりました。
年齢に逆らうように頑張るより、今の自分がスッキリ過ごせる方法を選ぶ。
そのほうが、今のわたしには合っているのだなと、そのラクさを心地よく感じています。
「深夜のパソコン・スマホ」をやめた
実家に住んでいたころは、家の中が静かになってからスマホを見たり、パソコンで動画を観たりする時間が日々の楽しみでした。
でも40代になってからは、夜更かしをした翌日の体の重さが、以前とは違うと感じるようになりました。
少し寝るのが遅くなっただけなのに、朝からだるい。
頭がぼんやりする。
やる気が出るまでに時間がかかる。
もともと暗い時間帯のほうが好きだったので悩みましたが、試しに早めに消灯すると翌朝の調子が段違いによかったので、40歳を迎えてからは朝型の生活に変えることにしました。
最近は、夜23時以降はスマホを(目覚ましとして使っているので)寝室の入り口に置き、寝室の中には持ち込まないようにしています。
寝る前に読む本も、頭を使うものより、絵本や詩集のように静かに読めるものを選ぶようになりました。
40代になってからは、気力や体力を回復させるためにも、睡眠の大切さを以前より強く感じています。
「お腹が空いていないのに食べる」をやめた
朝食、昼食、夕食をきちんと食べる。
これが小さいころからの習慣で、守らなければならないものだと思い込んでいました。
もちろん、規則正しく食べることが合っている人もいると思います。
ただ、わたしの場合は、「お腹が空いていないのに、ご飯の時間になったから食べる」ということがよくありました。
そこで最近は、1日3食という形にこだわりすぎず、自分の体の感覚を少し見るようにしています。
お腹が空いていない日は、昼食の時間を少し遅らせる。
あまり動いていない日は、軽めにすませる。
夜遅くには、できるだけ食べないようにする。
とはいえ、自分の自由な時間にまかせてダラダラと食べていては、かえって体に良くないと思いましたので、最近では、20時以降はなるべく食べないというルールも追加しました。
年齢を重ねると、若いころと同じ食べ方がそのまま合うとは限りません。
1日3食などの決まった形にこだわることをやめて、自分の体の状態に合う食べ方を探していくのもありなんだなと思える出来事でした。
人間関係とSNSでやめてよかった小さな習慣
暮らしを軽くするには、家の中を整えるだけでなく、心のノイズを減らすことも大切だと感じています。
人とのつながりは大切です。
でも、すべての付き合いを同じ熱量で続けようとすると、気づかないうちに心が疲れてしまうことがあります。
「形だけの人付き合い」をやめた
以前は、義理で続いていた連絡や集まりにも、できるだけ合わせようとしていました。
面倒だけど、せっかく誘われたのだから行かないと悪いし。そんなふうに考えて、なんとなく続けていた付き合いもありました。
もちろん、人との縁を大切にすることは悪いことではありません。
ただ、他人の気持ちを優先するあまり、自分の気持ちを下に見たまま関係を続けていると、あとからどっと疲れてしまうことがあります。
何とも思っていなかったのに、その面倒な付き合いが原因で、その人のこと自体をきらいになってしまうことにもつながりかねません。
そこで最近は、義理で参加していた集まりなどから、少しずつ距離をとるようにしていきました。具体的には、以下のような方法で少しずつフェードアウトしました。
距離を置いてみても、思っていたより大きな問題は起きませんでした。
人付き合いを減らすというと嫌悪感や罪悪感を持つ方もいるかと思いますが、それは誰かを雑に扱うという意味ではない、とわたしは思っています。
相手にとっても、せっかく開催するイベントなのですから「本当に楽しみたい人だけが集まる」ほうがよいはずです。自分の時間や気力を守りながら、相手のことも尊重する。
形だけではなく、心もともなう付き合いを大切にする。
自分なりに大切にしたいと思える人との時間を優先することで、心地よい時間を過ごせるようになったと思います。
人間関係との距離の取り方については、こちらの記事でも書いています。
「SNSのリアルタイムチェック」をやめた
SNSを見ると、「世界中のどこかの誰かの丁寧な暮らし」が目に入ってくることがあります。
美味しそうな料理とこだわりの器が並んだ食卓。
きれいに片づいた、広々とした部屋。
楽しげな旅行の記録。
充実しているように見える日々。
ほとんどの日は、それらを見るのも楽しいのですが、気持ちが沈んでいるときに見てしまうと、つい自分の暮らしと比べてしまうことがありました。
そんなふうに思ってしまう自分に気づいたとき、SNSとの距離を少し見直すことにしました。
今は、スマホのトップ画面からアプリの表示を外して、自分が何か参考にしたいときなど、目的のあるときにだけ見るようにしています。
SNSは便利ですし、楽しい面もあります。
けれど、自分を焦らせたり、不満を抱かせたりするものになっているのであれば、少し距離を置いてみてもいいのかもしれません。
誰かの暮らしを見る時間を減らせば、目の前の自分の暮らしに意識を戻しやすくなります。
以上のように、家事、持ち物、美容、健康、人間関係を少しずつ見直していくことで、暮らしそのものだけではなく、自分の気持ちもずいぶんと軽くなったと感じています。
小さな習慣をやめて暮らしはどう変わったか
これらの小さな習慣をやめてみて、一番大きかった変化は、物が減ったことではありません。
もちろん、家の中にちょっとしたスペースができたこともよかったです。収納に余裕ができたり、探し物が減ったり、掃除がしやすくなったりしました。
でも、それ以上に大きかったのは、頭の中の「選択疲れ」が減ったことでした。
頭の中の「選択疲れ」が減った
「あれを買わなきゃ」
「これも片づけなきゃ」
「ちゃんと掃除しなきゃ」
「そろそろ連絡を返さなきゃ」
いずれも小さなタスクで、ひとつひとつは大したことではありません。
けれど、それらが集まって「やらなければならないこと」としてリスト化されてくると、頭の中で考えるべきことは、そこから無数に発生します。
その点、「これはやめる」とすると、そのぶん考えることが減ります。
買い物をする日を決めておけば、毎日「今日買うものがあったかな」と考えなくてすみます。
洗剤の種類を減らせば、「どこの洗剤が無くなってたんだっけ」と迷う時間が減ります。
SNSの通知を切れば、通知が鳴るたびに集中力が途切れることはなくなります。
こうした小さな変化が積み重なると、頭の中に少しの余白が生まれます。
その余白ができたことで、「本当に今日しなければならないこと」に集中しやすくなりました。
暮らしを軽くするというのは、物理的に何もない部屋を作るということだけではなく、頭の中の小さな迷いや考えを減らしていくことでもあるのだと思います。
「休み」を心から楽しめる余裕が生まれた
不要な習慣を少しずつ手放していくと、時間にも気持ちにも余白が生まれます。その余白ができたことで、「以前からやってみたかったけれど、時間がなくて諦めた」ことに挑戦しやすくなりました。
それは、気になっていたことを調べたり、家事のやり方を見直したり、後回しにしていた場所を片づけたりなどの大きなエネルギーを使う作業である場合もありますが、それだけではなく、「休む」ことにもチャレンジできるようになりました。
予定がぱんぱんに詰まっていると、「休んでいるはずなのに、疲れが取れていない」と感じることはないでしょうか。わたしは結構、頻繁にありました。
時間にゆとりがないと、休むこともうまくできません。
朝からパジャマのまま映画を観る。
何も予定のない日に二度寝をする。
スーパー銭湯で一日ゆっくり過ごす。
ぼんやり海や山の景色を眺めに行く。
こういう静かな時間も、わたしにとっては重要な「やってみたかったこと」でした。
何もしない時間を楽しむには、心にも少しの余白が必要です。
暮らしを軽くすることで、何かをがんばる時間だけでなく、安心して休む時間も持てるようになりました。
具体的に「やめること」を書き出してみたい方は、こちらの記事も参考になるかもしれません。
まとめ|暮らしは今の自分に合わせて軽くしていい
暮らしを整えようとするとき、「今の暮らしに何を足したら幸せになれるか」という足し算を考えることは大切です。
そして、それと同じくらい「今の自分に合わなくなったものをどう手放すか」の引き算を考えてみることも大切だと痛感しています。
1日は24時間しかありません。
それなのに、40代になると、やらなければならないこと、考えなければならないことが、思っている以上に増えていくように感じます。
わたしがしていることをすべて真似する必要はありません。
わたしのやめたことを参考に、自分なりの「したくないけど惰性で続けていること」「やめようか迷っていること」を考えていただき、もしあれば、ぜひ一度見直してみてください。
もしかすると、その行動によって暮らしにゆとりが生まれるかもしれません。
まずは今日、「これは今の自分に本当に必要かな」と、ひとつだけ問いかけてみる。
その小さな見直しをくり返していくことで、今の自分に合った暮らしのスタイルが徐々に整っていくのではないかなと思っています。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。







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