人生観が変わる断捨離|わたしが手放した27個の物と、実感した14の変化

人生観が変わる断捨離|わたしが手放した27個の物と、実感した14の変化
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「断捨離で人生が変わる」

そんな言葉を聞いたことはありましたが、正直なところ、最初は半信半疑でした。

物を捨てるだけで、人生まで変わるわけはない。
多分、部屋が少し片づいて、気分がすっきりするくらいの話でしょ。

そんなふうに思いながら、実家に置きっぱなしになっていた私物や、今の暮らしに合わなくなった物を少しずつ手放してみました。

結果として、処分したのは家具、服、本、思い出の品、仕事の資料、データやアプリなど、あわせて27個ほど。実際にやってみると、断捨離は単に物を減らす作業ではないことに気づきました。

過去の自分に関わるものを見直したり、これからの時間の使い方を考えたり、自分にとって本当に大切なものを再認識したり。物を手放すことで、部屋だけでなく、心の中にも少しずつ余白ができていくような感覚もありました。

この記事では、わたしが実際に断捨離で手放した27個のものと、そこから実感した14の変化についてまとめます。

断捨離をしてみたいけれど、何から手をつければいいのかわからない。
ほかの人がどんなものを手放したのか知りたい。
物を減らすことで、本当に暮らしや気持ちが変わるのか知りたい。

そんな方の参考になれば幸いです。

断捨離®は、やましたひでこさんが提唱されている片づけ・整理の考え方です。
以下、本文では読みやすさを考え「断捨離」と表記します。

わたしが断捨離で手放したもの

場所を取っていた大きな物を手放す

シングルベッド・学習机

まず手放したのは、実家に置きっぱなしになっていたシングルベッドと学習机でした。

断捨離では、「一度すべての物を出して、必要な物だけを戻す」という方法が紹介されることがあります。

わたしも最初はその方法で進めようかと思ったのですが、そもそも部屋の中に物を広げるための空間がありませんでした。そこで、まずは大きな家具から処分することにしました。

ベッドは両親が購入してくれたものだったため、事前に確認したうえで処分しました。
木材とマットレスに分解し、市のごみ処理場へ持ち込んだところ、処分費用は合計で3,000円ほど。木材が500円、マットレスが2,500円ほどだったと記憶しています。

学習机も同じように分解し、ごみ処理場へ持ち込みました。
こちらはたしか10kgあたり150円ほどで、1,000円はかからなかったと思います。

ベッドと学習机を処分しただけで、部屋の半分ほどに何もない空間ができました。見た目の変化はとても大きく、この感覚は、断捨離を進めるうえで大きな励みになりました。

収納ボックス

また、大型の家具を処分したあとは、タンス、シェルフ、ラック、収納ボックス、本棚など収納グッズも一部手放しました。

収納用品があると、どうしても「まだ入るから」と物を戻したくなってしまいます。
けれど、収納する場所そのものを減らしておけば、今後むやみに物を増やさないための予防にもなります。

スーツケース

そのほか、実家の物置に積まれていたスーツケースも処分しました。

20年近く前に購入したもので、使ったのは一度だけ。
ロックの解除番号がわからなかったため売却できず、今回は廃棄することにしました。

猫のシステムトイレ

さらに、使っていなかった猫のシステムトイレも手放しました。

わが家のお猫様はなかなか気分屋なので、紙砂のトイレ、鉱物タイプの砂、上から入るタイプ、屋根付き、広いトイレ、システムトイレと、2猫に対してトイレを6つ用意していました。

そのなかで、システムトイレだけは購入してから半年ほど置いていても、一度も使われませんでした。
猫のトイレは場所も取りますし、使われないまま置いておいても仕方がないため、今回処分することにしました。


大きな家具や収納用品、大型の生活用品は、ひとつ手放すだけでも空間の変化がわかりやすいものです。

わたしの場合、最初にベッドや学習机、収納用品などを手放したことで、部屋にも気持ちにも余白ができました。断捨離のやる気に火がついたのは、この段階だったように思います。

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思い出の品・過去の自分に関わるもの

思い出の品や、過去の自分に関わるものも、いくつか手放しました。

ただ、思い出の品は、ほかの物よりも慎重に扱う必要があるかと思います。
空き箱や使えない文房具と違って、思い出の品は一度手放すと、同じものをもう一度手に入れることができない場合が多いからです。

卒業アルバム

小・中・高校の卒業アルバムは、処分する前に一度だけ見返しました。自分でも驚くほど覚えていることが少なくて何の感慨もなかったため、この際、処分することにしました。

シュレッダーにもかけられないので細かく裁断するのはかなり大変でした。
手放したあともスッキリするばかりで、特に後悔はありません。

昔の写真

昔の写真も同じです。
「写ルンです」や「チェキ」で撮った写真が、薄いアルバムにたくさん残っていました。教室や通学路、休日に友人の家で撮った写真など、大きさも柄もばらばらのアルバムに入っていました。

写真を撮って以降、見返したのは、このときが初めてでした。

これも愛着が湧かなかったので、これまで何度も見返しているペットのものは残し、それ以外の写真は処分しました。ちなみに、処分する前には両親にも見てもらい、残したい写真は家族のアルバムに移してもらいました。

学生時代に作った作品

学生時代に作ったものや描いた絵、テスト、絵日記、賞状や盾なども手放しました。
こちらは、そもそもすでに捨てられていると思っていたため、処分することに大きな抵抗はありませんでした。

唯一、大変な苦労をした思い出のあった大学の卒業論文だけは残すことにしました。

結婚式参列用のドレス

身内や親族、近しい友人の結婚式も無事に終わり、ひとまず結婚式の出席ラッシュも落ち着いたため、参列用のドレスも手放しました。

縁起物のような気がして、売却する気にはなれませんでしたので、義妹が欲しいと言ってくれたものは譲り、ほかのドレスは処分しました。

今後もし結婚式に出席することがあれば、そのときは着物のレンタルなどを利用しようと思っています。

ぬいぐるみ

ぬいぐるみも、いくつか手放しました。

顔があるものを捨てるのは苦手で、どうしようか迷っていたところ、甥っ子が気に入って持って帰りたいと言ってくれたため、2、3個譲ることにしました。

一方で、亡くなった祖母が買ってくれたぬいぐるみなど、まだ手放せないものもあります。
これらは燃えるものなので、わたしの火葬の際に一緒に入れてもらえたらいいなと思い、今は手元に残しています。

ぬいぐるみ

亡きペットのグッズ

亡き愛犬・愛猫のグッズも、一部だけ処分しました。

手放したのは、首輪やハーネスなど、金属がついているものです。
これは断捨離というより、わたしにとっては終活に近い感覚でした。

わたしも40代です。いつ何が起こるかわかりません。

わたし自身ですら大切すぎてどうしたらいいかわからないものを残したまま、自分に何かあったら、遺品を片付ける家族が困ってしまうかもしれない。そう考えて、手放すことにしました。

ただし、よく使っていた毛布やお気に入りのおもちゃなど、布製のものはまだ残しています。
これもぬいぐるみと同様、エンディングノートに「一緒に火葬してほしい物」とメモを残し、保管を続けることにしました。

いただいたもの

引き出物やお歳暮、お中元などでいただいた食器やインテリア雑貨は、「せっかくいただいたものだから」と保管していました。けれど、いまのインテリアに合わないものや、猫がいる暮らしでは使いにくいものは、思い切って手放しました。

タオルなどの消耗品は、保管したままにせず、今使っているものと入れ替えて使うことに。
高級品ほどなかなか使えない貧乏性なのですが、その「貧乏性な考え」もこの際、断捨離してしまうことにしました。

\捨てる以外の選択肢を知りたい方は、こちらの記事も参考になるかと思います。/

一年以上着ていない服

洋服や靴も、直近一、二年のあいだに一度も袖を通していないもの、履いていないものを見直しました。ノンスリップハンガーを用意し、「このハンガーにかかる分だけ残す」と決め、不要な服を処分しました。

お高めのものや、ほとんど着ていないものはフリマサイトに出してみたところ、ちょっとしたお小遣いになりました。クリーニングから戻ってきたままのハンガーや、形が変形しているハンガーもついでに処分しました。

冠婚葬祭用の服も含めて、残す量を先に決めたことで、判断しやすくなったように思います。

保留

思い出の品の処分は、本当に難しいと思います。

「誰かが捨てたから、自分も捨てる」という判断だけはしないようにしてくださいね。

卒業アルバムや写真、亡くなった家族やペットに関わるものは、処分したあとに後悔しても取り返しがつきません。

「処分したいけど、少し迷っている」という状態なら、すぐに捨てず、しばらく目につかない場所で保管してみるのもおすすめです。

そのうえで、「もう見返さなくても大丈夫」「これは今の自分の暮らしには必要ない」と思えたときに、手放せばいい、とわたしは思います。

過去の自分に関わるものをひとつずつ見直すことで、

「まだ大切にしたいもの」
「もう手放してもいいもの」
「形はなくても、思い出として残っているもの」

など、今の自分の気持ちが少しずつわかってくるのが断捨離の醍醐味なのだと思います。

仕事・勉強・趣味に関するもの

仕事や勉強、趣味に関するものも、今回の断捨離でかなり見直しました。

自分の歴史を振り返るような感じで感慨深いものがありました。

映画やテレビ番組を録画したビデオテープ

映画が好きで、学生のころはよくテレビで上映される映画をビデオテープに録画していました。すでに再生するためのビデオデッキがなかったため、これも処分しました。

もし映像を確認できる状態だったら、「これは懐かしい」「これは残しておこう」と迷い、断捨離そのものを途中で断念していたかもしれません。
そう考えると、ビデオデッキがなかったことは、かえって良かったのかもしれません。

お金を貯めて映画をレンタルしに行くのが、学生時代の楽しみでした。時々10本1,000円のキャンペーンがあって、休みの日に1日6本とか観ていました。懐かしい。

CD・MD

CDやMDも同じです。
高校生のころに聴いていたものが大量に残っていましたが、MDもCDも、もう再生機がありません。

懐かしい音楽を聴きたくなったら、そのときにまたダウンロードすればいいと思い、手放すことにしました。

使っていない文房具

文房具が好きなので、新商品を見かけるとつい買ってしまいます。
その結果、使い切れない文房具があちらこちらに残っていました。置いておいても劣化するだけなので、使っていない文房具はフリマアプリで売却することにしました。

あわせて、ノートの使い方も見直しました。
これまでは用途ごとにノートを分けていましたが、無印のノート1冊にまとめることにしました。
1冊にまとめてみると「どのノートに書こうか」と迷う時間がなくなり、思っていた以上に快適でした。

書籍・古書

ほとんど物欲のないわたしにとって、読書は数少ない趣味です。
なかでも昭和初期の大衆小説が好きで、古書をよく集めていました。

有名な作品であれば再販されているものもあります。
けれど、検閲にかかっていたり、当時の言い回しが変わっていたりすることもあるため、出版された当時のものを読みたくて。旧字体や当時の表記が残っている本を見つけると、考えなしに購入してしまっていました。

そんなふうに集めていた古本が、本棚と大きめの収納ボックス5つ分ほどになっていました。
すべてを残すのは難しいため、どうしても手元に置きたい本以外は手放すことに。

捨てるのは抵抗があったので、フリマアプリで販売してみたところ、ほとんどが理想に近い値段で売れました。

大切なものを手放すときは、フリマアプリやリサイクルショップを利用すると、「捨てる」以外の形で手放せるのでありがたいです。

過去の仕事に関する資料

過去にしていた仕事の論文資料や専門書を、なんとなく保管していたのですが、それらも処分しました。

専門書のなかには高価なものもありましたし、もう二度と手に入らないかもしれないと思うと、手放すのには少し迷いました。

ですが、「これから自分が望む理想の人生」を考えたとき、これらの仕事にふたたび就くことはないと確信しましたので、処分することにしました。

なんでも自分で解決しようとしてきたせいで、どの知識も広く浅くなっていた自分の考え方も、この機会に少し手放せたように思います。

落ちた試験の参考書

今回の断捨離のなかで、正直、これが一番スッキリしました。

昨年落ちて、今年もう一度受けようかと迷っていた試験があったのですが、「その試験に受かったとして、将来的にその仕事をしたいのか」と考えたとき、答えは「したいわけではない」でした。

よく考えてみると、受験をやめられなかったのは、昨年勉強した知識が無駄になるのがもったいないような気がしていたからです。

でも、将来やりたいわけではない仕事のために、これからの時間を使い続けるほうが、もっともったいないのではないか。そう思えたことで、参考書類はすべて処分することができました。

試験勉強に使うはずだった時間は、これから本当にしたいことに使っていこうと思います。

過去の趣味

過去の趣味のものも、いくつか手放しました。

銅版画作家の画集、柳田国男全集、古い映画のパンフレット、デッサン道具、PEZの入れ物などです。

このあたりはかなり迷いましたが、場所も取っていましたし、今の自分が毎日のように使うものではありません。

また必要になれば、いつかどこかで巡り合うこともあるかもしれないと思い、売却または処分することにしました。

デジタルカメラ

今はほとんどスマートフォンで写真を撮るため、デジタルカメラも手放しました。

各種部品もつけてリサイクルショップに持ち込んだところ、購入価格の80%オフくらいの値段でしたが買い取ってもらえました。

アプリゲーム

アプリゲームもアンインストールしました。

面白いゲームでついつい時間を見つけては遊んでいたのですが、毎日1時間遊んでいたとすると、1か月で約30時間。そう考えると、かなりまとまった時間です。

やりたいゲームは、すべての目標を叶えたあと、新しい人生と一緒に楽しむためにとっておこう。そう考えて、いったん手放すことにしました。

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仕事、勉強、趣味に関するものを見直してみると、物だけでなく、自分の時間の使い方も見えてきます。

かつて好きだったもの。
かつて目指していたもの。
いつか役に立つかもしれないと思っていたもの。

それらをひとつずつ見直すことで、「これからも続けたいこと」と「もう手放してもいいこと」が少しずつ分かれていきました。

断捨離は、物を減らす作業ではあります。
けれど、こうした仕事や趣味に関するものを手放していると、実際には「これからの時間を何に使いたいのか」を選び直しているような感覚がありました。

過去の自分が好きだったものを否定する必要はありません。
ただ、今の自分が向かいたい方向に合わなくなったものは、感謝して手放してもいいのだと思います。

データ・アプリ・カード類

物理的に大きな物だけでなく、パソコンの中のデータやアプリ、財布の中のカード類も見直しました。部屋の中で大きな場所を取るわけではありませんが、こうしたものは意外と頭の中のスペースを使っています。

「いつか整理しなきゃ」「これ、まだ使えるんだっけ」「この口座、どうなっていたっけ」と思いながら放置しているだけでも、小さな気がかりになっていたのでスッキリしました。

昔のPC・スマートフォン

昔使っていたPHSやスマートフォン、ノートパソコンも処分しました。

処分方法はいろいろありますが、わたしは近所のヤマダデンキで無料回収してもらえると知り、そちらへ持ち込みました。データの初期化は自分で行いました。

ただ、引き取り時に目の前で穴を開けてくれるわけではなく、引換券を受け取る形でした。
初期化の方法がわからない場合や、データの扱いが心配な場合は、別の処分方法を選んだほうが安心かもしれません。

クレジットカード類

銀行口座やクレジットカードも整理しました。

以前、自営業をしていたときに作った口座がそのまま残っていたため、関連するクレジットカードも含めて解約しました。

使っていない口座やカードは、目に見えて邪魔になるものではありません。
けれど、残っているだけで「管理しなければいけないもの」が増えます。

使っていないものを減らすことで、お金の流れも少し見えやすくなったように思います。

ポイントカード

ほとんど行かないお店のポイントカードは処分し、よく行くスーパーのものだけに絞ることにしました。ポイントカードを減らすと、財布の中がすっきりするだけでなく、買い物の仕方も少し変わります。

以前は、「売り出しをしているお店で売り出しの物を買う」というスタイルでしたが、今後は、「歩いて行ける距離のお店で、そのときお買い得なものを買う」。そんな買い物スタイルに変えていこうと思っています。

PC内の不要なデータ

PCの中に蓄積されたデータは膨大で、すべてを確認しながら整理しようとすると、2、3か月はかかりそうでした。

そこで、ひとまずUSBやSDカードを購入し、使っていないけれど必要そうなデータを外部に移すことにしました。移し終えたデータはPCから削除し、USBのデータは空いた時間にひとつずつ見直しをしています。

厳密にいえば、これは完全な断捨離ではなく、ひとまず移動しただけです。
それでも、PC本体からデータを減らしたことで、少しだけ頭の中も軽くなったような気がします。

スマートフォンのカレンダーアプリ

これまでは、予定をスマホのカレンダーアプリに入力し、さらに手書きの手帳にも書き込んでいました。手帳をかばんに入れ忘れることが多かったため、念のため二重に管理していたのです。

けれど、同じ予定を2か所に書くのは手間でしたので、今後は手書きの手帳に記録をまとめることにし、カレンダーアプリは削除しました。

デフォルトで入っているカレンダーアプリ自体は残っていますが、予定を書き込むためではなく、日付を確認するためのカレンダーとして使っています。


データやアプリ、カード類は持っているだけで、管理する責任が生まれます。

スマホやパソコンにはデータの管理が必要です。
銀行口座やクレジットカードには、お金の管理が必要です。
ポイントカードやアプリには、使うか使わないかを判断する小さな手間がついてきます。

ひとつひとつは小さなことでも、積み重なると、思っている以上に気持ちの場所を取っていたのかもしれません。

物の断捨離と同じように、データやカード類も見直してみることで、暮らしの中にある小さな迷いを減らすことができました。

断捨離をして実感した14の変化

心が軽くなった

断捨離をして最初に感じたのは、物が減ると心も軽くなるということでした。

物を手放すというと、部屋が片づく、掃除がしやすくなるといった物理的な変化を想像しがちです。
けれど、実際にやってみると、それ以上に大きかったのは「気にしなければいけないこと」が減ったことでした。

ここからは、断捨離をして実感した14の変化のうち、まずは「心が軽くなった」と感じた変化をまとめてみます。

管理する責任が減った

物を持つということは、その物を管理する責任を持つということです。

たとえば、石油ストーブがあれば、使い方を守り、火災が起きないように気をつけなければなりません。
車を持っていれば、駐車スペースを確保し、法的にも安全面でも問題が起きないように管理する必要があります。

猫のいる家で百合の花を飾るなら、猫が花粉に触れないように厳重に管理しなければなりません。
子どもがいる家庭に小さなおもちゃがあれば、誤飲しないよう気を配る必要もあります。

でも、そもそもその物がなければ、その心配は生まれません。

石油ストーブがなければ、それが原因の火災は起こりません。
家の中に百合の花がなければ、猫がどこを歩いても安心です。
飲み込める大きさの物が床に落ちていなければ、誤飲の危険も減らせます。

もちろん、必要な物まで何でも手放す必要はありません。
ただ、物をひとつ手放すと、その物を管理する責任もひとつ減ります。おかげで、ずいぶん心が軽くなったのは事実です。

引っ越し

ずっと気になっていたことを終わらせられた

実家から引っ越すにあたって、実家に残した自分の荷物が気になっていました。

なかなか片づけられなかった理由のひとつは、実家に駐車場がなかったことです。
車を停められる場所まで歩いて5分ほどかかるため、荷物を運び出すことを考えるだけで億劫になっていました。

今回、覚悟を決めて150kgまで載せられる台車を購入し、ベッドや学習机はのこぎりでできるだけ小さく分解し、市のごみ処理場に持ち込んで一気に処分しました。

大変ではありましたが、実家に残していた自分の荷物を運び出せたことで、心に引っかかっていたものがすっと消えたように感じました。自分の荷物を処分できたことは、わたしにとって大きな区切りになりました。

面白かったのは、わたしが家族に「片づけたほうがいいよ」と言ったわけではないのに、広くなった部屋を見た家族にも少し影響があったことです。遠方に住む兄弟が自分の荷物を整理しに来たり、両親から「少しだけ片づけてみたよ」と連絡をもらったりすることが増えました。

断捨離は、誰かに強制されるものではありません。
けれど、自分が先に動くことで、まわりにも小さな変化が広がることがあるのだと感じました。

視界がすっきりして、頭が疲れにくくなった

物が減ると、視界から入ってくる情報も減ります。これが、思っていた以上に心地よい変化でした。

人間は、何も考えずにいようと思っても、視界に洗濯物が入れば「畳まなきゃ」と思ってしまうものです。

  • 本の背表紙が見えれば「読まなきゃ」
  • 書類の山が目に入れば「整理しなきゃ」

体はソファーで休んでいるつもりでも、頭の中ではずっと小さなタスクが動き続けているような状態です。これでは、なかなか疲れは取れません。

断捨離をして物が減ると、視界がすっきりします。
すると、不思議と頭の中も静かになりました。

何も考えない時間を作りやすくなり、心に余裕が生まれたように感じます。

断捨離のモチベーションが上がらないときは、まず普段ゆっくり過ごす場所に座って、そこから見える範囲だけ片付けてみるのもよいと思います。

部屋全体を一気に片付けようとすると大変ですが、自分が長く過ごす場所の視界だけでも整えると、かなり気持ちが変わります。

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「自分にもできる」という自信になった

今の状況を変えようとすることは、どんな行動であっても体力と気力を使います。

  • 物を捨てるなら、ゴミ袋に入れて、収集日に収集場所まで持っていかなければなりません。
  • 売るなら、きれいにして、写真を撮って、出品して、やり取りをして、発送する必要があります。
  • 業者に頼むとしても、業者を探し、連絡し、日程を決め、見積もりを確認し、料金を支払い、当日を迎えることになります。

どの方法を選んでも、それなりに手間がかかります。

だからこそ、ひとつでも物を手放せたなら、それはきちんと「できたこと」として数えていいのだと思います。

  • 積読になっていた本を整理した
  • 洋服ダンスが閉まるようになった
  • 使っていない文房具を手放せた
  • 古いカードを処分できた

ひとつひとつは小さなことかもしれません。

けれど、それは確かに、昨日まで放置していたものを自分の手で動かしたということです。

断捨離を進めるうちに、「自分も、やればできる」と思える瞬間が増えていきました。
これは、片付いた部屋と同じくらい大きな収穫だったように思います。

小さな迷いが減った

物が減ると、日々の小さな迷いも減ります。

たとえば洋服が5着あれば、そこには5つの選択肢があります。
それを2着に減らせば、選ぶ時間も迷う時間も自然と少なくなります。

もちろん、その迷っている時間が楽しいなら、無理に減らす必要はありません。

お皿を選ぶ時間が好き。
服を選ぶ時間が楽しい。
本棚を眺めているだけで幸せ。

そういう物まで手放す必要はないと思います。

物を減らすことは、選択肢を減らすことでもあります。
選択肢が減ると、暮らしが少し単純になります。

そして、その単純さが、心を軽くしてくれるのだと思います。

暮らしがラクになった

断捨離をして変わったのは、気持ちだけではありません。

物が減ると、日々の暮らしそのものもかなりラクになりました。

部屋に余白ができる。掃除がしやすくなる。探し物が減る。買い物の仕方が変わる。

どれも小さな変化のようですが、毎日のことなので積み重なると大きいです。

ここでは、断捨離をして実感した14の変化のうち、暮らしがラクになったと感じたことをまとめます。

部屋に余白ができた

当然のことですが、物がなくなれば、その分だけ空間が広がります。

わたし自身、物が多い家で育ってきたこともあり、部屋の中の余白空間がこれほど贅沢で、心地よいものだとは思っていませんでした。

旅館や美術館で、何もない空間の美しさは知っていたはずです。
けれど、どこかで「物がない空間は、非日常のもの」だと思い込んでいたのかもしれません。

実際に自分の部屋から物が減っていくと、何もない空間があるだけで、部屋の印象が大きく変わりました。

「こんなに散らかった部屋がきれいになるなんて想像できない」という場合は、一度、天井を見上げてみるのもおすすめです。

どれだけ散らかった部屋でも、天井には照明やポスターがあるくらいで、物がぎっしり詰まっていることは少ないと思います。
不可思議な作りの部屋でないかぎり、その部屋には天井と同じ広さの床があるはずです。

床が物で埋まっていると狭く感じますが、天井を見てみると、もともとの空間の広さを思い出せます。

断捨離のいいところは、その心地よさを手に入れるために、何かを新しく買う必要がないところです。
ごみの処分に多少お金がかかることはありますが、新しい家具や収納用品を買うよりは、ずっと少ない負担で部屋の印象を変えられました。

ケガをしにくくなった

物が多いと、思っている以上にケガをしやすくなります。

とがったおもちゃを踏んでしまう。
棚に足の小指をぶつける。
積み上げた本がなだれを起こす。

実家で暮らしていたころのわたしも、しょっちゅう何かにぶつかったり、物を踏んだりしていました。

ひとり暮らしを始めてからは、猫が走り回るときにぶつかりそうな物は部屋に出さない、踏むと痛い物を床に置かない、物の数を増やしすぎない、重い物はなるべく買わない、ということを意識するようになりました。

その結果、明らかにケガをする回数は減りました。

また、災害時のことを考えても、床や通路に物が少ないことは大切だと思います。
地震や火事などが起きたとき、脱出経路に物が散らばっていると、それだけで危険が増えます。

普段の暮らしをラクにするだけでなく、いざというときのためにも、通り道に物を置かないようにしておくことは大事だと感じました。

掃除しやすくなった

物が少なくなると、掃除が本当にラクになります。掃除機をかけるたびに物を持ち上げたり、棚の下に腕だけを突っ込んで掃除したりする手間が減るからです。

掃除がラクになると、掃除を始めるまでのハードルも下がります。
その結果、部屋に埃やハウスダストが溜まりにくくなるという、うれしい流れが生まれました。

掃除機をかける

探し物の時間が減った

本当は、すべての物の定位置まで決められたら理想です。
けれど、そこまで完璧にできなくても、物の数が減るだけで、どこに何があるかはかなり探しやすくなります。

何かをしようと思い立ったとき、必要な物が見つからないと、それだけで面倒になって「もういいや」となってしまうことがあります。

  • 「あれをやろう」と思ったのに、道具が見つからない。
  • 探しているうちに、だんだん気持ちがしぼんでいく。
  • そして最後には「もういいや」となってしまう。

せっかく湧いたやる気や集中力が、探し物のせいで消えてしまうのは避けたいところです。
物を減らすことで、行動に移るまでの余計な手間も減らせました。

無駄づかいが減った

断捨離を経験してから、買い物の仕方も変わりました。

物を片づけたり、処分したりする大変さを知ると、何かを買う前に「これを捨てるときは大変そうだな」と考えるようになります。また、「これを買ったら、せっかくできた余白が減るな」と思うと、購買意欲がすっと引くことも増えました。

もともと物欲はあまり強くないほうでしたが、断捨離後はさらに物を増やしたくない気持ちが強くなりました。

でも、それで不幸になったかというと、まったくそんなことはありません。
むしろ、たくさんの物を買って、たくさんの物を捨てていたときよりも、幸福度は上がったように感じます。

ただ、猫の物に関しては、未だになかなか物欲が消せず……。
すでに部屋中に使わないベッドが10個ほどあるにもかかわらず、新しいベッドを見ると、つい欲しくなってしまいます。
ちなみに、わが家の猫さんは昔500円で買った円形のベッドがお気に入りで、その他のベッドはほとんど使ってもらえません。難しいですね。

猫のベッド

ごみ出しの量が減った

断捨離をしたあとは、ごみ出しの量も明らかに減りました。

一度、大きく物を整理すると、家の中から「捨てるべき物」がかなり減ります。
さらに、買い物の仕方も変わるため、新しくごみになる物も増えにくくなりました。

以前は、燃えるごみの日に、毎回中サイズの袋を使ってごみ出しをしていましたが、断捨離後は、週に1回、小サイズの袋でも足りるようになりました。

もちろん、わたしはひとり暮らしなので、家族で暮らしている方とはごみの量も違うと思います。

それでも、断捨離をしたあとは「不要品を買わないようにしよう」「ごみになる物を増やさないようにしよう」という意識に変わりやすいのではないでしょうか。

ごみ出しの量が減ると、家の中だけでなく、日々の手間も少し軽くなります。
断捨離をして暮らしがラクになったのは、部屋が広くなったからだけではありません。

掃除、買い物、探し物、ごみ出し。
そんな毎日の中にある小さな手間が、少しずつ減っていったからだと思います。

自分にとって大切なものが見えてきた

断捨離をしてみて、物を減らすことで「自分が本当に大切にしたいもの」が見えてきたことも大きな収穫でした。

断捨離に取り掛かってすぐは、部屋を片づけること自体が目的で、部屋を広くするために物を手放していました。
けれど、ひとつずつ物を見直しているうちに、単なる片づけではなく、これは自分の人生の整理だと感じるようになりました。

特に大きかったのが、終活に近い視点が育ってきたことです。

終活とは、人生の終わりに向けて、自分の持ち物や希望を整理しておくこと。
まだ先の話と思いたい気持ちもありますが、生きている以上、いつ何が起こるかはわかりません。

35歳を過ぎたころから、毎年、年末に遺言書を書くようにしていましたが、「生きているうちに、遺された人が困るものをなるべく片づけておく」というところまでは、あまり考えていませんでした。

終わりに向けた整理というと、少し寂しい気持ちになる方もいるかもしれません。
ですが、終わりを意識することで、かえって「いまの時間をどう大切にしたいか」が見えてくることもあります。

断捨離は、わたしにとって、自分の持ち物を通して人生の優先順位を見直す良い機会にもなりました。

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遺された人の負担を減らしたいと思った

断捨離を終活の手段として考えたとき、できるだけ遺された人の負担を減らしておきたいと考えるようにもなりました。

たとえば、亡き愛犬が使っていたハーネスや首輪など、わたし自身ですら大切すぎてどう扱えばいいかわからないものがあります。それを残したまま自分に何かあったら、遺品を片付ける家族はきっと困るだろうと思いました。

「これは捨てていいのか」
「残したほうがいいのか」
「処分したら申し訳ないのではないか」

そんなふうに悩ませてしまうのは、できれば避けたいところです。

そこで、処分に手間がかかりそうな物は、できる範囲で減らしておくことにしました。
亡き愛犬・愛猫のグッズ、古いパソコン、旧スマートフォンなどは、その一部です。

すべてを処分したわけではありません。愛犬たちが使っていた毛布類など、わたしと一緒に火葬できそうなものは今も残しています。

自分の意志で判断したいものは、できるうちにしておく。

立つ鳥跡を濁さず、とまでの潔さはまだありませんが、せめて立つ鳥が散らかした羽根くらいは、自分で少し片づけておきたいという気持ちです。

見られたくないものを自分の手で整理できた

人間、生きていれば、誰にも見られたくないものもあります。

わたしの場合、書き殴りのノートやメモ類、書き込みのある本などは、できれば誰にも見られたくありませんでした。

もちろん、大切な記録もあります。
けれど、ただ感情のままに書いたものや、今の自分が残したいと思えないものまで、いつまでも保管しておく必要はないと感じました。

そこで、使い終わったノートやメモ、書き込みのある本などは処分しました。

また、今後使うノートについても少し考え方を変えました。火葬時に一緒に燃やしてもらえるよう、リングノートはなるべく使わないことにしたのが、その一例です。

かなり気が早い話に聞こえるかもしれません。
でも、自分にとって「見られたくないもの」を自分の手で整理できるというのは、思っていた以上に安心感がありました。

さすがに自分の葬式を自分で執り行うことはできませんが、自分の人生の後始末を、少しだけ自分で引き受けられたような気がします。

最後まで手放せないものに気づいた

断捨離をすると、手放せるものだけでなく、どうしても手放せないものも見えてきます。

わたしの場合、最後まで手放せないと思ったものは、亡き愛犬たちが使っていた毛布類、今の猫が使ってくれている家具や猫グッズ、そして横溝正史先生の初版本類でした。

不思議なことに、たくさんの物を見直しているうちに、

「これはもういいかな」
「これは今の自分には必要ないかもしれない」

と思えるものが増えていきます。

その一方で、

「これはまだ手放せない」
「これは自分の人生にとって大切なものだ」

とはっきり感じるものも残ります。

今の自分にとって、何が心の支えになっているのか。
どういう暮らしをしていたら、自分は幸せだと思えるのか。
どんな終わり方ができたら、「よく生きた」と思えるのか。

断捨離を通して、普段はあまり考えない人生の終わりについても向き合うことができたような気がします。

「物の数を減らす」だけではなく、「自分の意志で、今の自分に必要なものを選び直す」ができたこと。
それが、わたしにとって一番大きな収穫だったと思います。

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断捨離は、いまの自分の場所を取り戻す作業

今回、27個の物やデータ、アプリなどを手放すのに、だいたい1か月ほどかかりました。

ごみ出しの日を間違えたり、ベッドや学習机を分解していてケガをしたり、PCの初期化がうまくいかなかったり。正直、大変なこともいろいろありました。それでも今は、やってよかったと心から思っています。

正直、断捨離をする前は、物を捨てることにそれ以上の意味があるとは思っていませんでした。

「部屋が広くなる」

それだけのことだと思っていましたが、実際にやってみると、部屋の広さ以上のものを得ることができたように感じます。

これまでのことに感謝しながら過去を手放し、未来は未来の自分に任せて、いまの自分の人生を取り戻す。断捨離は、どこか瞑想にも似ている気がします。

今回の断捨離のおかげで、わたし自身が特に大きいと感じている変化は、次の3つです。

  • 余白の気持ちよさを知ったこと
  • 物欲が減ったこと
  • 本当に大切なものを再認識できたこと

断捨離は、わたしの価値観や人生観を、良い意味で大きく変えるものになりました。

なんだか心が落ち着かない。
過去のモヤモヤが晴れない。
いまの暮らしに集中したいのに、気持ちがどこか散らかっている。
何を大切にしたいのか、自分でもよく分からなくなっている。

そんなときは、引き出しひとつだけ、本棚の一段だけでもいいので、断捨離をしてみるのもよいかもしれません。

  • もうインクの出ないペン
  • 縁が欠けているマグカップ
  • いつもらったか分からない化粧品のサンプル

まずは、そういう小さな物から始めてみませんか。

長くなりましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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